ごくまれに出くわす光景。長太郎が女子に何か言われている。部活が終わった後のテニスコートの出入り口や二年生の下駄箱周辺なんかで、何度か見た。
その光景がどういう意味を持っているのかは俺にだってすぐに分かるから、「長太郎のくせに」と心の中で思ったあと、見なかったことにして踵を返すか黙って素通りする。
そして長太郎はそのことを絶対に俺に言わない。そんなことがあった直後に俺の目の前に現れても、それはいつもの長太郎でしかなかった。

俺と一緒に帰っている最中に女子に呼び止められたこともあった。
そいつは俺たちが学校の正門を出たすぐあと、後ろから「鳳くん」と呼びかけた。俺はその女子の顔を知っているような気がしたから、多分三年生だったのかも知れない。
長太郎は「え?」と言って目をきょろきょろさせたたあと俺を見るので、俺は「じゃあ、先帰ってるぜ」と言って歩き出した。
すると長太郎は驚いた顔でもう一度「え?」と言って、「でも」とかなんとか言っているのが背中のほうで聞こえたけど、俺は構わずに歩き続けた。


長太郎は俺のことが好きだ。
真面目で誠実な気持ち、優しい心、きれいな顔。きっとあの女子たちが欲しくて仕方ない長太郎のそれらを俺は独占している。
実際、それは俺にはもったいないんじゃないかと思うようなもので、だけどあの女子たちに渡せと言われても絶対に渡せないだろう。


しばらくして、後ろから小走りの足音がしたかと思うと、長太郎がおずおずと俺の隣に並んだ。

「何だって?」
分かっていて訊く俺はものすごく性格が悪いなと思う。

「あ……、あの、あの人は委員会の先輩で、それで……、えーと、『好きです』って……」

何だってこいつはこんなに言いにくそうにしているんだろう?と思う。俺が怒るとか傷つくとか思っているのだろうか。だとしたら見当違いもいいところだ。
長太郎は俺の様子を窺っている。叱られた犬のような表情で。

「まあ、好きな奴の好きな奴が横にいんのにそれに気付かないで告白するくらいだから、大した気持ちじゃねーな」

俺がそう言うと、長太郎は一瞬眉根を寄せて、
「……そうですね」
と言って困ったように笑った。


このやり取りをさっきの女子が見たら卒倒するだろう。
誰にでも優しい長太郎のその心の中には俺のことしか入っていなくて、他の人間のことが1ミリだって入る余地もないなんてことは誰も知らない。多分長太郎も気付いていない。俺だけしか知らない。